卒業生インタビュー(第1回)

株式会社 小田鐵工

代表取締役

小田 洸生さん

プロフィール

蒲郡市府相町に1953年(昭和28年)3月10日生誕

1968年(昭和43年)4月入学(第一回生)

1971年(昭和46年)3月卒業。同年4月名城大学建築学科に進学

卒業後、地元の建築設計事務所に就職し、その後、家業の小田鐵工に入社。

1990年(平成2年)父親の急死により、代表取締役に就任し、現在に至る

Q:蒲郡東高校入学当時はどんな様子でしたか

現在地にて開校した訳ではなく、蒲郡高校の校舎を間借りして授業を受け、蒲郡高校、地元企業のグランドを借りて、運動、部活を行っていた。

 

Q:高校生活は如何でしたか

上級生がいなかったので気楽で、楽しい高校生活だった。新設校なので自分達がこの学校の歴史を作っていくのだ、という気概に溢れ、先生方のやる気も相当のものだった。

 

Q:本校の選択はどの様になされたのですか

自分は時習館に行きたかったが、中学の担任の熱心な勧めにより進路変更した。時習館に行っていれば違った人生であっただろう。進路選択はタイミングであり、人生の岐路でもあったと今でも考える。

 

Q:小田鐵工への入社の動機は

父親の家業を継ぐ事は念頭にあったので、将来に対する迷いは無かった。

 

Q:急な社長就任時は大変でしたか

当時は土木建築の仕事だったが、情勢の変化により建築鉄骨製作中心の会社に転換した。バブル期で全国的に鉄骨需要が旺盛で、地元中心に仕事量は多く収益を上げられた。それに伴い、社会的地位を高めていけた。

 

Q:会社経営は順調でしたか

バブル以降、景気は横ばいを続け、約20年苦しい経営が続いた。同業者は半減し、業界の淘汰は進行した。経営が苦しい時に社員のリストラも考えたが、歯を食いしばって耐えて来た。そのお陰で、現在のアベノミクスによる仕事量の増大には、対応出来る技術を持った社員が仕事をこなしていてくれており、「企業は人なり」を実感している。

 

Q:現在の仕事内容は如何ですか

当社は、材料を加工して注文通りに製作し納入する、という製作工程を取っている。他社は製作のみのところが多いので、材料単価が加工費の付加による高騰が避けられない。NC機械による鋼材の自社生産は旨みが多く、他社からの加工依頼も多く経営の柱となっている。今後、他社がやらない仕事を行う事により、付加価値の高い仕事で収益を上げて行く事が益々重要に成って行く。

 

Q:社員の中に蒲郡東の卒業生はいますか

従業員は外注も含めて70名程いるが、その中に卒業生は15,6名いる。ほとんどが地元在住で、少しは母校の為、また地元貢献をしているのかと考える。

 

Q:元会長として思うところはありますか

1977年(昭和52年)会長代行から1978年(昭和53年)会長就任以来、30年以上の長きに渡り重責を務めて来た。若い頃は卒業生も少なかったし、先生方も恩師ばかりで独自性を持って行う事は少なかった。会長を長年やったが組織の充実は難しかった。購買改革をした事は非常に有意義だと思う。公立高校で蒲郡東が独自性を発揮する事は、制度の壁があって難しいであろうが、5年先10年先を考えて変えて行く事は非常に重要である。同窓会として母校に何が出来るのか、他校との相違、特色を出す為にはどんなところで後援するのか、を考えて行かねばならない。他校に無い学業、スポーツに秀でた生徒に対して奨学金を出す様な基金を作る事などは斬新で良いのではなかろうか。

 

Q:今後の同窓会に望む事は何でしょうか

組織を充実させ、有事の際に一致団結して事にあたれる協力体制作りが重要と考える。

人材はたくさんいるのだから、どの様に活用して行くのかを考えて行く事が重要だ。

 

長時間に渡ってのお話し、有難うございました。

聞き手:大竹信行

 

株式会社 小田鐵工 http://www.odatetu.com

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